2013年3月28日木曜日

チーム目標と個人目標の統合と葛藤(コンフリクト)について体験から学ぶ―研修ゲーム解説:チップ取引


研修ゲーム解説:チップ取引

人数:9名~30名ぐらいまでの参加者を、同じ人数(3名~6名)からなるチームに分ける。
器具、器材 :黒(白)板、フリップチャート、模造紙、マーカー
所要時間: 90分程度
会場:全員が自由に動きまわれる広さの部屋(晴天の日など、戸外で演習をするのも可)。


<点数の高いチップを集めよう>
ファシリテータの「では第1ラウンドの開始です」という掛け声とともに、会場のあちこちで、握手をしてチップ交換が始まる。「〇〇です。よろしくお願いいたします」、「準備はよろしいですか?」、「では、せーの!」、「やったー、私の勝ちです。では、赤いチップを下さい」、最初の人とチップ取引が終了すると、もう後ろに新しい相手が来ている。「〇〇です。よろしくお願いいたします」、「では、せ~の!」・・・・・・

 ファシリテーターの終了の合図で3分間のラウンドが終了する。メンバーはそれぞれ自分のチームに戻り、手持ちのチップの得点を計算する。得点は、個人得点とチーム得点の2つである。個人得点には、ある条件を満たすとボーナスポイントがつく。個人の得点を高めることと、チームへの貢献は必ずしも一致しない。個人賞を狙うか、チームの勝利に貢献するか、メンバーの中に葛藤が起こる。


<概要>
 実習「チップ取引」は、状況対応リーダーシップを展開しているCLSが開発した「葛藤」をテーマにした研修ゲームである。テーマは重いが、演習そのものはアイスブレークにも使用できるほど軽快で、大人数にも対応できる。開発意図は、実習中にチームの中や自分の中で起こっていたことから、葛藤そのもの、葛藤への対処法、対処時のコミュニケーションのあり方などを学習する機会を提供することにある。

 参加者の課題は、他のチームとチップの取引競争を行ないチーム優勝、個人優勝を目指すことである。最も高い点数を獲得した個人とチーム得点の最も高いチームが表彰される。取引は6ラウンド行ない、ラウンドごとに点数が集計される。

 実習には握手と自己紹介を伴うので、研修初期の親睦促進としても効果的である。新入社員向けには、「チーム、組織目標への貢献」とはどういうことか、チームワークの中での個人目標の考え方、チーム内コミュニケーションのあり方などについて実践的な学びが期待できる。

 ルールと進め方はシンプルなので、すぐに実習に入れる。ポイントはラウンドごとの得点集計の時間と中間での戦略検討会議である。第3ラウンドが終了する頃には、チーム目標への意識、個人目標への偏りの程度などが浮き彫りになる。戦略検討会議では、チームとして第4ラウンド以降どんな作戦でいくのか、どんな方針を持って臨むのかなどの話し合いが行なわれる。この時、チーム目標と個人目標に対する葛藤についての対処行動が期待される。

<進め方>

チップと名札を全員に配る。名札にはチーム名と名前を書く。チーム名を書くことで、チーム戦であることを意識づける。
取引ル-ル、点数計算方法を確認し、個人優勝とチーム優勝があることを強調する。
各ラウンドは取引き3分、計算3分の6分間とし、前半、後半それぞれ3ラウンドを続けて実施する。
前半終了後、それまでの各チームの個人得点、チーム得点を発表する。チップを元の組合せに戻し、各チームで後半の戦い方について10分間の検討会議を開く。
第6ラウンドが終了したら、チーム毎に個人最高得点者の名前、得点、および、チーム得点を確定し、個人優勝/チーム優勝の表彰を行なう。
表彰後、反省討議に入る。反省討議には30~45分の時間を使い、実習中に自分の中で起こっていたこと、チーム内で起こっていたことをふり返る。  演習そのものは単純である。他のチームのメンバーと「1,2の3」でチップを見せ合い、点数の高いチップを出した人が交換チップの指定権を得て、欲しい色のチップを指定する。こうした勝負を繰り返し、自分が集めたいチップを他のチームのメンバーから獲得する。

 勝ち負けを繰り返す中で手持ちのチップの得点も上下する。さらに「自分が提示した色と同じ色のチップは指定出来ない」とか、「指定権を得た側は、自分が勝負の際に出したチップは必ず相手に提供しなければならない」などのルールがある。勝負の際、何色のチップを出すかが得点を左右する。

 得点には、チップごとの得点以外に同色のチップを3枚以上集めることでボーナスポイントが加算される。ただし、加算されるのは個人得点のみでチーム得点には加算されない。このルールにより、個人の得点を獲得する方法とチームへの貢献ためのチップの集め方に微妙な違いが出てくる。そこに葛藤が生まれてくる。


<ねらい>
 得点の違うチップを集める中で、個人成績を上げるという個人目標とチーム優勝への貢献という2つの異なる目標の統合と葛藤について学ぶことがねらいである。チーム内のコミュニケーションはラウンドごとの点数の計算時および第3ラウンド終了後の戦略検討会議に行われる。各メンバーの得点、チーム得点が計算され、他のチームの得点経過が分ってくると、チーム内の温度差が少しずつ表面化してくる。

指導手引きに記載されている演習の目的は以下の通りである。

集団目標と個人目標との間の矛盾から発生する葛藤を体験する。
集団内および集団間の競合から発生する葛藤を体験する。
上記の体験を通して、集団目標の達成及び集団内葛藤予防に構成員個人の言動/発言がどうあるべきかを学習する。  実習後の反省討議で実習をふり返り、葛藤処理の姿勢、チーム内コミュニケーション、チーム成績、個人成績の良否の原因、うまく処理できた葛藤、その他実習を通して学んだことなどについてチームで話し合いを行なう。その結果をフリップチャートに書き出し全体でわかちあう。

 葛藤処理の姿勢については、他人対する関心を右の高い(協調的)から左の低い(非協力)にとり、自分への関心を上の高い(自己主張)から下の低い(自己否定)にとり4つの象限に区切った図表上にメンバーのチームへのかかわりの程度を図示し、各メンバーに対する互いの思いや、演習中にとった行動などを話しあう。





<解説>

 チップ取引は、チーム目標をとるか個人の目標をとるかというような完全な対立関係にはない。つまり個人の目標を犠牲にしてチーム目標のための行動をとるというような関係ではない。だが、利害が完全に一致しているとも言えない。チーム目標に貢献しつつ個人目標を達成するということは出来ないことはないが、自然に出来るものでもない。また、個人目標を達成すればチーム目標も自ずと達成できるというものでもない。

 チームへの貢献度を上げると、個人得点が上がらないという葛藤状態が出現する。例えば、個人得点を上げるのは、得点の高いチップを無理して集めるより、点数が低い青チップや白チップを3枚、4枚集めることによりボーナスポイントとして80点、100点を獲得することが得策かもしれない。しかし、チームへの貢献は白チップであれば1つで2点しか貢献しない、青チップも5点である。チームにとっても個人にとってもよいのは点数の高い黄チップ(40点)や緑チップ(20点)を複数枚集めることである。それはどのチームも考えそうなことである。

 そのスキを狙って、白や青チップを集める作戦に出ると個人優勝を獲得できるかもしれない。そんな思いが演習の中で起こり、チームメンバーの意識の違いが生まれてくる。他方、あるメンバーのリーダーシップでチーム優勝に向けて、「FOR THE TEAM」を合言葉に演習に取り組むチームも出てくる。しかし、そのチーム内にも、個人優勝を目指したいと思っているメンバーがいたりする。

 チーム目標への貢献に対するチームメンバーの利益とは何だろうか。個人優勝で得られる利益よりもチーム優勝することでメンバー個人が得られる利益の方が大きければ、全員がチーム優勝を優先するかもしれない。だが、個人優勝の方が個人にとってはずっと魅力があるとすると、同じ活動をするなら、そちらを目標にして動きたくなるだろう。そこに個人の中やチーム内のメンバーとの間に葛藤が起こる。

<個人目標と組織目標の統合>

 組織の目標はマネジメント(リーダー)と従業員(フォロア)の個人目標との統合の度合いにかかっている(ポール・ハーシィ他 行動科学の展開 生産性出版)。ハーシィらは、組織が目標を達成し業績をあげるためには、組織メンバーの目標が「統合」される必要があると指摘している。組織には少なくともマネジメントと組織に所属する個人たちがおり、マネジメントの目標と個人の目標が、どの程度「統合」されているかで、組織目標の達成の程度が決まるとされる。マネジメントや個人を含む組織メンバーすべてが、組織目標をお互いに共有しあい、協力しあえば、組織目標の達成の程度はより期待に近づく。



 どんな人間でも自分の個人目標にかなう組織目標であれば積極的に貢献するであろうが、自分にとってマイナスの組織目標に対してはやる気が起こらない。組織メンバーにとって、組織目標にやる気が起こるか起こらないかは、自分にとって組織目標がどんなものなのか、「組織目標のとらえ方」が鍵になる。組織メンバーが組織目標を共有するということは、単に組織目標が何であるかを知るだけではなく、その組織目標を「自分の目標ととらえること」、あるいは「自分の目標の一部ととらえること」である。(山本 あづさ 行動科学入門 生産性出版)

 チップ取引では「チーム目標を目指さないのはよくない」と結論づけているものではない。メンバーのみならずリーダーさえもが「チーム目標に魅力がない」と感じていれば、個人目標と組織の目標は一致しない。従って、組織目標達成度は低くなってしまうだろう。メンバーがチームに貢献することに意義を感じ、個人の目標を個人優勝ではなく、チーム優勝への貢献度に置くとすれば、チーム目標と個人目標は統合される。チームリーダーあるいはチームメンバーがチームの一員としての認識、チーム目標を自分の問題として共有できるようになれば、チームの力はチーム目標に向けられる。

 問題は、そうした状況を作りだすチームリーダー、チームメンバーのチームへのかかわり方、コミュニケーション行動はどんなものかということである。チームメンバーがひとつの目標に集中するにはチームメンバーがあるいはチームリーダーがどんな行動をとればよいのかということである。対人関係スキルは概念だけではなく、疑似体験とは言え、リアリティのある他者とのかかわりの中で、気づき、試し、確認をすることで行動化していきたい。体験学習、研修ゲームはそうした学びの機会をなまなましく提供してくれる。



出所:「研修ゲームの活用と効果(ヴェロン記念塔、アズテックピラミッド)」(「企業と人材」誌、2006年3月5日号、産労総合研究所)、実践と創造のリーダーシップ研究会主席研究員・S.L.専属トレーナー桃井庸介